F1625



Photo_Yusuke Mackawa
Edit_Masumi Sakamoto
Text_Chisa Nishinoiri

 





日本酒の新たな価値を宿す。

2022年7月7日、“世界を美しく変える日本酒と銘打ってリリースされた「いのたち2022」。
老舗の伝統と革新的な最新テクノロジーとの融合。
完全限定醸造・会員制販売と、既成概念をことごとく打ち破る日本酒の誕生。新しい価値とは何か?
その秘密に強く興味をいだいた坂矢悠詞人が、〈F1625〉 のブランドのオーナーである福光太一郎に迫ります。



イヤーカスタマイズで既成概念を覆す。

坂矢 悠詞人(以下、坂):「いのたち」って良いネーミングですね。

福光 太一郎(以下、福):ありがとうございます。私たちは〈F1625〉 というブランドの名のもと、今後3種類のラインナップを展開する予定ですが、中でも「いのたち」は毎年出していくシグネチャのラインです。

その昔、我々酒造りの人間は穂のことを「命の根」と呼んだのですが、これは「いね」の語源と言われています。そこに麹の語源と言われる「かむたち」を組み合わせて考えた造語です。日本酒の原料は、米、麹、水。それだけなんですよね。そんな日本酒への敬意を込めて「いのたち」と名付けました。そしてもう一つ重要なのが、水。同じ醸造酒であるワインに比べるとテロワールが感じにくいと思われています。もちろん、その土地の酒米を使った酒造りもされていますが、原料となる米は全国の酒米農家から調達するので、そこにストーリーはあるけれど味を左右するような自然環境要因にはならない。けれど水だけはその土地の水を使うので、日本酒におけるテロワールは水に起因すると言っても過言ではない。ある意味、日本酒は水がすべてとも言えるのです。そこで、水の酒という思いを込めて「みつのき」と銘打った有機栽培米だけで仕込んだお酒のオーガニックラインも展開します。そして最後は「ときのさ」。こちらは年代も醸造方法もさまざまながら、格別な個性をもつ単一醸造年だけをボトリングする究極のヴィンテージラインです。400年という歴史を持つ老舗の酒蔵がバックグラウンドにあるからこそできる試みです。

坂:F1625では精米歩合が何%であるか、純米大吟醸であるかなどをあえて表記しないそうですが、それはどういう意図ですか?

福:まずは先入観を持ってほしくない、という思いがあります。お酒を選ぶ際に、純米か大吟醸かがどうしても基準になりますが、最初に精米歩合で選んでしまうと自分がどのランクのお酒を飲んでいるか、結局数字にとらわれてしまう。けれどお酒の楽しみって、本来五感で味わうものだと思うのです。なので、精米歩合はあえてお伝えしていません。今年は米の磨きが50%かもしれないし、来年は30%かもしれない。

それが、その年の米が最もうまくなるようにカスタマイズする、イヤーカスタマイズという醸造方針です。本来の米と水の旨味は数字では表現できない。だからこそ数字で飲むのではなく、五感で楽しむという飲み方を日本酒に取り戻したいと思っています。その年の味を最大限楽しんでいただきたいという私たちの心意気、本気の酒造りを味わっていただけると嬉しいですね。

坂:スペック不明って、むちゃくちゃ面白いですね。いわば既成概念をぶち壊すわけですよね。まさに新しいカテゴリーの誕生を、いま感じます。

福:そして申し訳ありませんが、私たちF1625の日本酒は、限られた方だけに販売する会員制というシステムをとっています。そもそも蔵人たちの神経の注ぎ方が半端ないので、気軽にたくさん造れるものではないんです。これまでは老舗として蔵の味を守るために心血を注いできた彼らにしてみれば、その真逆の造り方が許されるわけです。どれだけ労力とコストをかけてもいいから良いものを造りたいという思いでやっていますから、「いのたち」は毎年2000本造れるかどうか。

だからこそ、大事に飲んでいただけるお客様にお届けしたい。会員にならなければ購入できませんし、会員になるには紹介制とさせていただいています。そうやって会員の方が少しずつ増えていって、F1625を楽しむサロンのようになれたらと。

坂:ちなみにブランド名の〈F1625〉 にはどんな意味があるんですか?

福:F1625は寛永二年(1625年)創業の酒蔵〈福光屋〉を原点としたブランドなので、福光屋の「F」と創業年の組み合わせです。

坂:あ、不良の「F」ではないのですね(笑)。偶然かもしれませんが、「F」というのがいいですね。カメラにおいてレンズの焦点距離を表す「F値」は光の量を表します。

福:ヴァイオリンなどの弦楽器には「ホール」があって、あの穴が1ミリでもずれたら音色が変わってしまう。F1625のFには価値を作っていくという想いが込められています。

坂:いま、実は5年ぶりに日本酒を舐めましたが、すごく澄んだ感じなんですね。想像以上にクリアで、だけどしっかり味わいが残って驚きました。5年前のイメージで恐縮ですが、日本酒って、もっと舌にまとわりつくような感覚が残る印象だったんですよね。

福:そう言っていただけると嬉しいです。私たちは雑味を極力減らすことで、クリアでスムースな味わいに仕上げています。ここ数年はフルーティな日本酒が好まれる傾向がありましたが、F1625では日本酒はあくまで食中酒という基本を大切にしています。香りが高く主張が強すぎる日本酒では食事をじゃましてしまう。甘すぎず、香りが高すぎないバランスがすごく難しいんですが、フルーティな香りと酸味を引き出して、最初の一口はすごくピュアでスムースだけど、食事にも合うように旨味はしっかり保つ。グラスを変えるだけでも香りの開き方が変わり、温度の変化によって味わいも全く変わってくるので面白いですよ。



月明かりのもとで、日本酒と対時する。

福:今回、こうして『大勉強』とご縁があったので、何かコラボレーションできないかとも思っているんです。僕はこの業界に入ってまだ10年ほどですが、日本酒も、もっと新しい価値を作っていかないと文化が育っていかないと危機感を感じています。造り手の想いをいかに伝えるか、日本酒業界では、そこがまだまだ欠如しているのが寂しいんですよね。我々はお酒を造ることには長けていますが、この貴重な1本を本当に愛してくれる人へ、世界中へ届けるためのより有効な術を持ち得ません。ワインにおけるソムリエ、セレクトショップにおけるバイヤーのように、知識と価値がわかる方との連携は不可欠です。だからこそ、坂矢さんのような方に売っていただきたいな、と(笑)。

坂:お酒って、コミュニケーションだと思うんです。僕自身、少しお酒と距離を取るようになってから、コミュニケーションの取り方というか人と過ごす時間の使い方が変わってきていると思います。だからこそ、どういう状況だったらまたお酒を飲みだすか、ずっと考えているんですよね。スコッチもワインも、それこそ日本酒も、ある程度のお酒は嗜んできて、美味しいものは飲み尽くしてきた。だから“美味しい”だけではトリガーにならない。それを上回る好奇心が必要です。たとえば、月夜の晩。蝋燭の明かりもない洞窟に招かれて、スッと盃を差し出されたら、僕は確実に飲みますね。光も音もすべての情報を排除して、ただただ酒にフォーカスする。それこそ五感で味わう究極の体験ですよね。おそらく、洞を出る頃にはベロベロになっているかもしれませんね。

福:すごくいいですね!体験こそ、何物にも勝る価値。『大動強』主催の「Fの会」、ぜひやりましょう。ではでは、続さは会員登録してからのお楽しみに。



 

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